181201 パス ― 2018/12/01
内田樹@levinassien氏 本日の連続tweet
内田樹@levinassien
津田塾大学での講演70分だん。下り坂の日本をどうやって蘇生させるか、それは「若い世代への気前のよい権限委譲である」という結論を申し上げてきました。おじさんたちは手持ちの権力、財貨、情報、技能を次世代にじゃんじゃん「パス」しなさい。墓場には持っていけないんだよ。
内田樹@levinassien
「若い」というのは年齢のこと(だけ)ではありません。若さとは「変数が増えて手持ちの方程式では解が出ない」状態を「うれしがる」趨向性のこと。逆に「老い」とは「変数の増加を嫌い、未知の入力にも常同的な反応をする」傾向のことです。若くてもジジイはうようよいます。
内田樹@levinassien
若い知性には解の見つからない問いを頭の中に(「そのうちなんとかなるだろう」と鼻歌を歌いながら)放り込んでおける「頭の強さ」があります。難問を出来合いの答えに合わせてさくさく切り取って、片を付ける「頭の良さ」とは全く別物です。
内田樹@levinassien
現代日本の病は「老化」です。次々と変化が起きているのに定型文を読み上げて応答できたつもりでいる。システムを管理して、その権限を手放さない「老人」たちは別に打倒するとか改悛させるとかしなくていいです。それが「老い」の徴候だということを機会があったら耳元で教えて上げるだけで。
えらてんチャンネル@12/16著書発売10万部売る@eraitencho
パスを受け取るためには、すでに下にパスをしている、これからもしていくというのが必須の条件ですね。
内田樹@levinassien
そうです。ファンタスティイクなパスができる「よきパッサー」のところにパスは集まります。ボールを抱えてどこにも出さないプレイヤーには誰もパスを送らないのと同じです。 twitter.com/eraitencho/sta…
津田塾大学での講演70分だん。下り坂の日本をどうやって蘇生させるか、それは「若い世代への気前のよい権限委譲である」という結論を申し上げてきました。おじさんたちは手持ちの権力、財貨、情報、技能を次世代にじゃんじゃん「パス」しなさい。墓場には持っていけないんだよ。
内田樹@levinassien
「若い」というのは年齢のこと(だけ)ではありません。若さとは「変数が増えて手持ちの方程式では解が出ない」状態を「うれしがる」趨向性のこと。逆に「老い」とは「変数の増加を嫌い、未知の入力にも常同的な反応をする」傾向のことです。若くてもジジイはうようよいます。
内田樹@levinassien
若い知性には解の見つからない問いを頭の中に(「そのうちなんとかなるだろう」と鼻歌を歌いながら)放り込んでおける「頭の強さ」があります。難問を出来合いの答えに合わせてさくさく切り取って、片を付ける「頭の良さ」とは全く別物です。
内田樹@levinassien
現代日本の病は「老化」です。次々と変化が起きているのに定型文を読み上げて応答できたつもりでいる。システムを管理して、その権限を手放さない「老人」たちは別に打倒するとか改悛させるとかしなくていいです。それが「老い」の徴候だということを機会があったら耳元で教えて上げるだけで。
えらてんチャンネル@12/16著書発売10万部売る@eraitencho
パスを受け取るためには、すでに下にパスをしている、これからもしていくというのが必須の条件ですね。
内田樹@levinassien
そうです。ファンタスティイクなパスができる「よきパッサー」のところにパスは集まります。ボールを抱えてどこにも出さないプレイヤーには誰もパスを送らないのと同じです。 twitter.com/eraitencho/sta…
181206_馬鹿とは、 ― 2018/12/06
名越康文 氏のTweet
馬鹿とは、きちんと経験できない人のことである。つまり思い込みが強くて教条的で、経験を認識できない。決して知識のない人のことではない。私の中にも馬鹿の石頭がいる。
19:20 - 2018年12月4日
https://twitter.com/nakoshiyasufumi/status/1070155888625823745
馬鹿とは、きちんと経験できない人のことである。つまり思い込みが強くて教条的で、経験を認識できない。決して知識のない人のことではない。私の中にも馬鹿の石頭がいる。
19:20 - 2018年12月4日
https://twitter.com/nakoshiyasufumi/status/1070155888625823745
181208_渇しても・・・ ― 2018/12/08
内田樹氏の連続Tweet
内田樹@levinassien
若い人へのアドバイスとしてはこれは正しいと思います。「渇しても盗泉の水を飲まず」というのは渇しても手持ちの水の蓄えがある人間に選択的に課せられた倫理的責務です。若い人は手持ちがないんだから、盗泉からでも水を汲んで構わない。生き延びることが最優先です。 https://twitter.com/eraitencho/status/1071345463058558976
内田樹@levinassien
でも、「手持ちの水」の蓄えができたら、もう「盗泉」から水を汲み続けることはできません。その見極めがとても難しいのです。ほとんどの「強欲な老人」たちはその見極めに失敗した人たちの末路です。
内田樹@levinassien
「自分は割を食っている側だ」という自己規定から「自分はむしろ恵まれている側だ」という切り替えのタイミングはすごく難しいのです。誰も教えてくれません。竹中平蔵もカルロス・ゴーンもきっと「オレがこの世の中に貢献した成果に対しての報酬がまだまだ足りない」と言うでしょう。
若い人へのアドバイスとしてはこれは正しいと思います。「渇しても盗泉の水を飲まず」というのは渇しても手持ちの水の蓄えがある人間に選択的に課せられた倫理的責務です。若い人は手持ちがないんだから、盗泉からでも水を汲んで構わない。生き延びることが最優先です。 https://twitter.com/eraitencho/status/1071345463058558976
内田樹@levinassien
でも、「手持ちの水」の蓄えができたら、もう「盗泉」から水を汲み続けることはできません。その見極めがとても難しいのです。ほとんどの「強欲な老人」たちはその見極めに失敗した人たちの末路です。
内田樹@levinassien
「自分は割を食っている側だ」という自己規定から「自分はむしろ恵まれている側だ」という切り替えのタイミングはすごく難しいのです。誰も教えてくれません。竹中平蔵もカルロス・ゴーンもきっと「オレがこの世の中に貢献した成果に対しての報酬がまだまだ足りない」と言うでしょう。
181213_「武満徹のギター曲と歌の世界を旅する」 ― 2018/12/14
2018年12月13日(木)19:00~ 会場:あいれふホール
武満徹のギター・フルートと歌
「武満徹のギター曲と歌の世界を旅する」
ギター:谷辺 昌央
メゾソプラノ:大橋 多美子
アルトフルート:吉岡 次郎
ギター:橋口 武史
ギター二重奏〔谷辺昌央・橋口武史〕
■ ヒロシマという名の少年 2台のギターための
■ 不良少年 2台のギターための
ギターソロ〔谷辺昌央〕
■ ヘイ・ジュード/ミシェル/イエスタディ
■ フォリオス
歌とギター〔大橋多美子・谷辺昌央〕
■ 細川俊夫 恋歌Ⅰ ソプラノとギターのための
----- 休憩 15分 ----
アルトフルートとギター〔吉岡次郎・谷辺昌央〕
■ 海へ アルトフルートとギターのための
歌とギター〔大橋多美子・谷辺昌央〕
■ 武満徹 ソングスより
翼/小さな部屋で/三月のうた/明日ハ晴レカナ、曇リカナ/小さな空
アンコール 1曲
武満徹讃歌HP Top page
https://mimiwosumasu-takemitsu.jimdo.com/
6割ほど埋まった会場を見渡すと、ほぼ高齢者で占められます。
今夜のプログラムは、高齢者向きというわけでもないと思うのですが・・・
中には演奏に合わせて口ずさんでしまう方もいらして、
谷辺氏、苦労なさっているようでした。
演奏に合った会場の広さというのがあると思うのですが、
本日のギター演奏は、もう少し小さめの会場があれば、
もっと楽しめたと思うのです。
その意味で、最も魅力的に会場を満たしていたのは、
大橋氏の歌声でした。
イタリア語やドイツ語の歌を主軸になさっている方が日本の歌を歌うと、
「それ、なに語?」
と思ってしまうことが多いのですが、
この方の日本語は、実に自然に響いて美しい!
細川俊夫作品での、日本語の響かせ方、
武満徹ソングスでの、日本語をメロディに乗せるテクニック、
「こういう歌い手も、存在するのか!」 と、感慨ひとしおでありました。
武満徹のギター・フルートと歌
「武満徹のギター曲と歌の世界を旅する」
ギター:谷辺 昌央
メゾソプラノ:大橋 多美子
アルトフルート:吉岡 次郎
ギター:橋口 武史
ギター二重奏〔谷辺昌央・橋口武史〕
■ ヒロシマという名の少年 2台のギターための
■ 不良少年 2台のギターための
ギターソロ〔谷辺昌央〕
■ ヘイ・ジュード/ミシェル/イエスタディ
■ フォリオス
歌とギター〔大橋多美子・谷辺昌央〕
■ 細川俊夫 恋歌Ⅰ ソプラノとギターのための
----- 休憩 15分 ----
アルトフルートとギター〔吉岡次郎・谷辺昌央〕
■ 海へ アルトフルートとギターのための
歌とギター〔大橋多美子・谷辺昌央〕
■ 武満徹 ソングスより
翼/小さな部屋で/三月のうた/明日ハ晴レカナ、曇リカナ/小さな空
アンコール 1曲
武満徹讃歌HP Top page
https://mimiwosumasu-takemitsu.jimdo.com/
6割ほど埋まった会場を見渡すと、ほぼ高齢者で占められます。
今夜のプログラムは、高齢者向きというわけでもないと思うのですが・・・
中には演奏に合わせて口ずさんでしまう方もいらして、
谷辺氏、苦労なさっているようでした。
演奏に合った会場の広さというのがあると思うのですが、
本日のギター演奏は、もう少し小さめの会場があれば、
もっと楽しめたと思うのです。
その意味で、最も魅力的に会場を満たしていたのは、
大橋氏の歌声でした。
イタリア語やドイツ語の歌を主軸になさっている方が日本の歌を歌うと、
「それ、なに語?」
と思ってしまうことが多いのですが、
この方の日本語は、実に自然に響いて美しい!
細川俊夫作品での、日本語の響かせ方、
武満徹ソングスでの、日本語をメロディに乗せるテクニック、
「こういう歌い手も、存在するのか!」 と、感慨ひとしおでありました。
アンコールには、谷辺氏のソロで「早春譜」が演奏されました。
武満徹編曲、だったのかな?
181218_藤村俊介チェロリサイタル ― 2018/12/19
2018年12月18日(火) 19:00~ 会場:九州キリスト教会館 4F礼拝堂
藤村俊介チェロリサイタル
出演
藤村俊介(チェロ)
榎元 圭(ピアノ)
~Program~
■ コダーイ:ハンガリー・ロンド
■ シューベルト:アルペジョーネ・ソナタ
--------- 休憩 --------
■ 黛敏郎:無伴奏チェロのための「文楽」
■ エルガー:愛の挨拶
■ フォーレ:夢のあとに
■ サン・サーンス:白鳥
■ マスカーニ:歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」間奏曲
■ カッチーニ:アヴェ・マリア
■ カサド:親愛なる言葉
アンコール2曲
エクローグ音楽事務所 該当ページ
https://www.eclogue.jp/concert/
入場時に手渡されるプログラムには、前半2曲についての記事、
藤村氏ご自身の文章です。
演奏者自身がどういう風に感じているのか、興味深い記事でした。
文章の最後は、こう結ばれております。
「プログラム後半は、せっかくですので、
お話しながら進めてまいりたいと思います。」
そのお話まじりの後半、実に楽しかった。
白眉は、アンナ・トモワ・シントウのエピソード!
「カヴァレリア・ルスティカーナ」間奏曲というのは、妙に心を揺さぶる曲ですよね。
(私が九響を見直すキッカケになったのも、この曲だった・・・)
冒頭の「文楽」の、叩きつけるような破裂音!
さらに感じいったのは、「夢のあとに」!
歌詞が目の前に浮かんでくる「歌声」で、
「これは!もっと歌物が聴いてみたい」と切に願うのでした。
アンコールは2曲、
1曲目は ポッパーのハンガリアン・ラプソディー、
今夜のプログラムだと、最後にこういう派手な曲をやりたくなるでしょうね。
2曲目は R.シュトラウスのアンダンテ、と紹介されました。
終演後にちょっと楽譜をのぞいてみると、(「町人貴族」より)という記載が、
「歌の上手い」チェロ、たっぷりと堪能しました。
181221_林麻耶と近藤史明による クリスマス・コンサート ― 2018/12/21
2018年12月21日(金) 19:00~ 会場:「なみきスクエア」 千早音楽・演劇練習場
林麻耶(ソプラノ)と近藤史明(ギター)による
クリスマス・コンサート
プログラム
林麻耶(ソプラノ)と近藤史明(ギター)による
クリスマス・コンサート
プログラム
■ G.F.ヘンデル:私を泣かせてください
■ F.シューベルト:アヴェ・マリア
■ W.ゴメス:アヴェ・マリア
(ギター・ソロ)
■ A.バリオス:クリスマスの歌
■ カタロニア民謡(M.リョベート編曲):聖母の御子
■ クリスマスソングス part1
休憩10分
■ クリスマスソングス part2
■ R.ロジャース/O.ハマースタイン:「サウンド・オブ・ミュージック」より
アンコール3曲
堂々たる「すべての山に登れ Cilmb Every Mountain」 でプログラムが終了し、、
万雷の拍手の中、近藤氏のスピーチ。
「ギターだけでなく、他のジャンルの方との交流を深めてゆきたい」
という言葉のあと、「Fuoco」という曲がアンコール1曲目でした。
静かな曲が多かったので、バリバリ派手な演奏に拍手喝采 !
続いて登場した林摩耶氏
「ピアノやオーケストラとの共演とは違って、ギターとでしかできない曲を」
という言葉に続いて演奏されたのは、武満徹の「翼」、「小さな空」の2曲でした。
今夜の会場は、千早なみきスクエアの一角、練習場です。
80脚ほどの椅子がゆったりと並べられて、
5段ほどの仮設ステージの後ろと客席の後ろが広く空いております。
■ F.シューベルト:アヴェ・マリア
■ W.ゴメス:アヴェ・マリア
(ギター・ソロ)
■ A.バリオス:クリスマスの歌
■ カタロニア民謡(M.リョベート編曲):聖母の御子
■ クリスマスソングス part1
休憩10分
■ クリスマスソングス part2
■ R.ロジャース/O.ハマースタイン:「サウンド・オブ・ミュージック」より
アンコール3曲
武満で 泣いたっ!!!
堂々たる「すべての山に登れ Cilmb Every Mountain」 でプログラムが終了し、、
万雷の拍手の中、近藤氏のスピーチ。
「ギターだけでなく、他のジャンルの方との交流を深めてゆきたい」
という言葉のあと、「Fuoco」という曲がアンコール1曲目でした。
静かな曲が多かったので、バリバリ派手な演奏に拍手喝采 !
続いて登場した林摩耶氏
「ピアノやオーケストラとの共演とは違って、ギターとでしかできない曲を」
という言葉に続いて演奏されたのは、武満徹の「翼」、「小さな空」の2曲でした。
泣いた・・・
今夜の会場は、千早なみきスクエアの一角、練習場です。
80脚ほどの椅子がゆったりと並べられて、
5段ほどの仮設ステージの後ろと客席の後ろが広く空いております。
ステージ後ろの角にはカバーのかかったグランドピアノが・・・
空いたスペースにシートが広げられているのは、小さなお子さんの遊び場?
今夜のようなプログラムでは、子供たちの歓声はかえって効果的、
ギターソロでの「エーデルワイス」と共に子供たちの笑い声が聞こえるのは、
いいもんですねぇ。
はじめはちょっと不安定だった林摩耶氏の声が、
1曲ごとに、グングンと、深く、艶っぽくなってゆくのが驚異的、
今夜のようなプログラムでは、子供たちの歓声はかえって効果的、
ギターソロでの「エーデルワイス」と共に子供たちの笑い声が聞こえるのは、
いいもんですねぇ。
はじめはちょっと不安定だった林摩耶氏の声が、
1曲ごとに、グングンと、深く、艶っぽくなってゆくのが驚異的、
その歌声のピークで武満の2曲聴けたわけですから。
' Lascia ch'io pianga ' でありますヨ。
' Lascia ch'io pianga ' でありますヨ。
181230_下野竜也氏による指揮者講習会 ― 2018/12/31
2018年12月30日(日) 10:00〜18:00 会場:末永文化センター
下野竜也氏による指揮者講習会
講師:下野竜也
内容:管弦楽を使っての実際的な実習およびリハーサル
曲目:ベートーヴェン/交響曲 第9番 ニ短調「合唱付き」
聴講料:2,000円
講習会についてのお問い合わせ等: 引地 (ひきち) まで
年末で何かと用事が・・・
私が到着したのは、午後の部が始まる頃でした。
まさかとは思っていましたが、
フルオーケストラに加えて、プロのソリスト4名と合唱が参加するという、
いまどき、なんとも豪勢な講習会でした。
豪勢といえば、アマチュア講習生に交じって、
プロとして幅広く活躍されている演奏家の方々もちらほら、
「えッ!あの人が?」と思う方が、次々指揮台に登られると、
「いい年末だなぁ・・・」とほくそ笑んでしまう。
下野氏の第九、先日九響との共演をアクロス福岡の3階で聴きました。
軽快なテンポで展開する「第九」は新鮮でしたし、
第4楽章の合唱陣も、驚くほど鮮烈な合唱を聴かせてくれましたが、
疑問だったのは、はたして合唱にこの人数が必要だったのかという事、
あのオケの編成で、この合唱団の実力なら、
半数の精緻な合唱の方が効果的だったのではないか、
という事でした。
本日のオケ編成、九響第九の、ほぼ倍人数の編成でした。
プロとアマの違いもあるし、単純に人数だけでは比較できませんね。
合唱は先日のおよそ半分の人数でした。
アクロスの3階と、本日末永の指揮者から5メートルの距離の差、
会場容積の違いも大きいし、単純に比較できないのは重々自覚しつつ、
「第九を聴いたぁ!」と思えるのは、本日の末永でした、
(LPがモノーラルからステレオに変わる時代の記憶が鮮明な年代には、
この会場の一種飽和状態寸前の音響にノスタルジアが存在するのかも・・・)
受講者の持ち時間は、ひとり約15分、
次々に入れ替わって指揮台に立つのですが
それぞれに、適格なアドヴァイスが下野氏から飛びます。
(オケを退屈させない巧みなジョークで爆笑をとりながら)
どう動けばオケを掌握できるのか、
どうコミュニケーションを取れば、望む響きを引き出せるのか、
言われてみれば「なるほど」と思うけど、自分ではなかなか気づけない事も多い。
受講者の演奏で一番印象に残っているのは、
ご高齢の男性が指揮された第3楽章冒頭、
丸めた両手の中で、しみじみと、まろめ、いたわり、抱きしめる、
ギラギラしたものを捨て去ったあとの、清明な世界・・・
現在の第九演奏様式からは離れているのかもしれませんが、
ボロボロとあふれる涙を必死に抑えながら聴いておりました。
「こういう方もいらっしゃるんだ・・・」
1時から始まった午後の部も、いよいよ大詰め、
第4楽章を4人のリレーで演奏、
2番目 テノールソロの Alla marcia からフーガの部分を振るのは引地氏、
15年間、この会を主導してきたご本人です。
その事は充分承知しているオケメンバー、彼の指揮を盛り立てようと大奮闘してる!
4番目の終結部は九響のコントラバスで活躍なさった吉浦氏、
コンマスの後藤氏とともに、この会の大黒柱ですね。
堂々たる風格の指揮で、フィナーレはアッチェレランドでした。
すべてが終わって最後のご挨拶、ここで
引地氏個人の企画・実践の催しで15年も続いてきたわけですから、
そろそろお休みの時間があっても不思議ではないですね。
少し時間をおいて、またの機会を待つことにいたしましょう。
下野竜也氏による指揮者講習会
講師:下野竜也
内容:管弦楽を使っての実際的な実習およびリハーサル
曲目:ベートーヴェン/交響曲 第9番 ニ短調「合唱付き」
聴講料:2,000円
講習会についてのお問い合わせ等: 引地 (ひきち) まで
年末で何かと用事が・・・
私が到着したのは、午後の部が始まる頃でした。
まさかとは思っていましたが、
フルオーケストラに加えて、プロのソリスト4名と合唱が参加するという、
いまどき、なんとも豪勢な講習会でした。
豪勢といえば、アマチュア講習生に交じって、
プロとして幅広く活躍されている演奏家の方々もちらほら、
「えッ!あの人が?」と思う方が、次々指揮台に登られると、
「いい年末だなぁ・・・」とほくそ笑んでしまう。
下野氏の第九、先日九響との共演をアクロス福岡の3階で聴きました。
軽快なテンポで展開する「第九」は新鮮でしたし、
第4楽章の合唱陣も、驚くほど鮮烈な合唱を聴かせてくれましたが、
疑問だったのは、はたして合唱にこの人数が必要だったのかという事、
あのオケの編成で、この合唱団の実力なら、
半数の精緻な合唱の方が効果的だったのではないか、
という事でした。
本日のオケ編成、九響第九の、ほぼ倍人数の編成でした。
プロとアマの違いもあるし、単純に人数だけでは比較できませんね。
合唱は先日のおよそ半分の人数でした。
アクロスの3階と、本日末永の指揮者から5メートルの距離の差、
会場容積の違いも大きいし、単純に比較できないのは重々自覚しつつ、
「第九を聴いたぁ!」と思えるのは、本日の末永でした、
(LPがモノーラルからステレオに変わる時代の記憶が鮮明な年代には、
この会場の一種飽和状態寸前の音響にノスタルジアが存在するのかも・・・)
受講者の持ち時間は、ひとり約15分、
次々に入れ替わって指揮台に立つのですが
それぞれに、適格なアドヴァイスが下野氏から飛びます。
(オケを退屈させない巧みなジョークで爆笑をとりながら)
どう動けばオケを掌握できるのか、
どうコミュニケーションを取れば、望む響きを引き出せるのか、
言われてみれば「なるほど」と思うけど、自分ではなかなか気づけない事も多い。
受講者の演奏で一番印象に残っているのは、
ご高齢の男性が指揮された第3楽章冒頭、
丸めた両手の中で、しみじみと、まろめ、いたわり、抱きしめる、
ギラギラしたものを捨て去ったあとの、清明な世界・・・
現在の第九演奏様式からは離れているのかもしれませんが、
ボロボロとあふれる涙を必死に抑えながら聴いておりました。
「こういう方もいらっしゃるんだ・・・」
1時から始まった午後の部も、いよいよ大詰め、
第4楽章を4人のリレーで演奏、
2番目 テノールソロの Alla marcia からフーガの部分を振るのは引地氏、
15年間、この会を主導してきたご本人です。
その事は充分承知しているオケメンバー、彼の指揮を盛り立てようと大奮闘してる!
4番目の終結部は九響のコントラバスで活躍なさった吉浦氏、
コンマスの後藤氏とともに、この会の大黒柱ですね。
堂々たる風格の指揮で、フィナーレはアッチェレランドでした。
すべてが終わって最後のご挨拶、ここで
絶句!
引地氏個人の企画・実践の催しで15年も続いてきたわけですから、
そろそろお休みの時間があっても不思議ではないですね。
少し時間をおいて、またの機会を待つことにいたしましょう。
引地さん、
長い間、本当に、ご苦労さまでした。
そして、ありがとうございました。
最近のコメント